青いスモモの思い出

春が過ぎ、夏が訪れると、多くの果物が実りの時を迎えます。そんな暑い夏の日、私は田舎の土塀のそばで一風変わったスモモの木に出会いました。木全体が鮮やかな緑色に包まれ、ふと見ただけでは茂った葉の間に隠れた小さな実には気づきません。まだ青く小さいその実は、あと1ヶ月か2ヶ月もすれば収穫の時を迎えるのでしょう。正確な時期は私にもわかりませんが、この木を見ていると不思議と心が落ち着くのを感じます。収穫への期待感からかもしれませんし、あるいは自然が生み出す緑色の持つ癒しの効果によるものかもしれません。

私が子供の頃、近所の家の川沿いにはスモモの木が並んでいました。夏になると、村の子供たちはこぞってこのスモモを摘みに行きました。近所のおばさんは私たち子供を快く迎え入れ、時には自ら選んだ良い実を分けてくれたものです。私は特に完熟前の、青みが残りつつ赤くなり始めた実を好んで選びました。この時期のスモモには独特の酸味があり、暑さを和らげると同時に食欲をそそる味わいでした。今思い出しても、思わず唾が込み上げてくるほどです。

スモモの木のそばには野菜畑があり、収穫が終わるとおばさんは飼っている鶏を放していました。鶏たちは畑に残った野菜の葉や落ちたスモモをついばんでいました。我が家の子犬のアッカンは、そんな鶏たちを見ると追いかけ回したがるもので、よく鶏を慌てさせていました。あまりに激しく追い立てると、おばさんが「アッカン、そんなに追い回したら鶏が卵を産まなくなるよ」と注意するのですが、アッカンにはそんなことが理解できるはずもありません。結局、私がアッカンを捕まえて家に連れ帰るのが常で、抱きかかえられながらも名残惜しそうにクンクン鳴く姿が今でも目に浮かびます。

振り返れば、なんと素晴らしい時代だったのでしょう。あの田舎のスモモの木は、私にとってかけがえのない思い出の象徴なのです。