心の寄り道

  • 人に良くしすぎるべきではない

    人に良くしすぎるべきではない。これは私が長年かけて得た痛い教訓だ。

    友人に対しても、妻に対しても、家族に対しても、私はかつては一切の保留なく良くしてきた。しかし、それに見合う報いはほとんどなかった。経済学的に言えば、私は「沈没コスト」が大きすぎたため、人間関係において常に受け身の立場に立たされてきたのだ。

    以前、私は母にとても良くしていた。姉が二人いるが、母は二番目の姉を最も可愛がり、私には最も冷たかった。しかし中国の一般的な考え方では、息子である私が母の面倒を見るべきとされ、同時に家の財産も息子である私が相続することになっていた。だが我が家の状況は複雑で、様々な理由から私は相続権を持っていない。つまり、将来の遺産には私の分がないのだ。それでも長年にわたり、三人兄弟の中で私は最も母のために尽くしてきた。以前母が老人ホームを買う時、私は一部の資金を出したが、二人の姉は一銭も出さなかった。家の高齢者が手術を受ける時も、私が最も多くのお金を出した。二人の姉の対応はひどいもので、家に困難があるとすべて弟である私に頼ってきた。

    ある日、私は突然悟った。私は母にこんなに良くするべきではなかったのだ。二人の姉も当然力を尽くすべきで、これまでの苦境はすべて私の性格が招いたものだった。人に良くしすぎ、しかもそれを気にしない性格が。しかし現実は、私が人と争わなくても、人が私を計算してくるというものだ。我が家の状況のように、二人の姉は私に相続権がないことを知っていながら、私に最も多くの負担をさせ、自分たちは最小限の努力で、最終的には遺産を相続しようとしている。遺産は大した額ではないが、とにかく不公平に感じる。

    今の私は以前ほど母に良くしていない。そして二人の姉にも面倒を見るようにと言った。母は少し不機嫌そうだったが、これは私が以前良くしすぎたせいだ。少し手を抜いただけで、私が悪いように感じるのだ。

    以前の私は、何事も争わない性格だった。それを「仏系」だと思っていた。しかし今はわかる。それは本当の仏教思想ではない。人が「争わない」と思っている時、実は心の奥では無意識に計算済みなのだ。自分が損をしていると知りながら我慢して争わないのは、やはり潜在意識では不公平だと感じているからで、これも一種の「計算」ではないか。本質的に、心の中で計算した時点で、それはもう「争い」なのだ。 本当の「仏系」とは、人に良くしすぎず、同時に人から過剰な見返りを求めないことだと今は思う。つまりすべてを縁に任せ、強要しないことだ。実は人に良くしすぎることも、一種の強要なのだ。

  • 本当の幸せ

    今日は遠くに住む姉の家を訪ねた。出張で近くの都市に来ていたので、週末を利用して彼女の家に寄った。元々は昼食だけを共にし、その後お別れするつもりだった。予想通り、昼食を終えると話せる話題も尽き、少し眠たくなってきたので、私は別れを告げて帰った。

    今回の訪問で感じたのは、大人になると、かつての親戚とも自然に距離ができてしまうということだ。話すことはあっても、それは表面的な世間話ばかりで、心の底から通じ合う会話ではない。誰も私の心の内を深く気にかけてはくれないし、私もまた他人の心の真の欲求に思いを馳せることはない。大人になると、人との間に薄くて確かな隔たりが生まれるのだ。たとえ実の姉弟であっても、例外ではない。

    時折、私は息子が近所の子供たちと遊んでいる姿を見かける。彼の顔には純粋な笑顔が浮かんでいる。瞳がきらきらと輝く、そんな笑顔だ。子供の頃は、利害の衝突もなく、互いに計算し合うこともないから、あんなに無邪気に笑えるのだろう。大人になるにつれ、心に雑念が増え、本当の笑顔は自然と消えてしまう。だから、私は息子と遊ぶ時間が好きだ。彼からこそ、私は本当の幸せをもらえるのだ。

  • 騒がしい鳥

    今日、私は仕事中の楽しみを見つけました。それは同僚たちの言い争いを見ることです。時には、彼らがなぜそんなに激しく争っているのかさえ分からないこともありますが、彼らがこうして口論する様子を見るのはなかなか面白く、まるで騒がしい鳥が木の上で何かわけのわからない理由でけんかをしているようです。

    時には、もし冷静に対処すれば、口論に発展することもないようなことでも、ささいなことにこだわると、衝突が起きてしまいます。最初、私のそばにいるこの二人がけんかをするのを見た時、私はまだ仲裁に入ったりしていました。しかし次第に、どれだけ仲裁に入っても無駄だということに気づきました。もしかしたら彼らはこういうけんかを楽しんでいるのかもしれない、人が好きなことをするのをなぜ私が止めなければならないのだろう、と。

    時々、静かにこの二人の言い争いを見ていると、実になかなか面白く、退屈な仕事に少し活気を加えてくれます。

  • 青いスモモの思い出

    春が過ぎ、夏が訪れると、多くの果物が実りの時を迎えます。そんな暑い夏の日、私は田舎の土塀のそばで一風変わったスモモの木に出会いました。木全体が鮮やかな緑色に包まれ、ふと見ただけでは茂った葉の間に隠れた小さな実には気づきません。まだ青く小さいその実は、あと1ヶ月か2ヶ月もすれば収穫の時を迎えるのでしょう。正確な時期は私にもわかりませんが、この木を見ていると不思議と心が落ち着くのを感じます。収穫への期待感からかもしれませんし、あるいは自然が生み出す緑色の持つ癒しの効果によるものかもしれません。

    私が子供の頃、近所の家の川沿いにはスモモの木が並んでいました。夏になると、村の子供たちはこぞってこのスモモを摘みに行きました。近所のおばさんは私たち子供を快く迎え入れ、時には自ら選んだ良い実を分けてくれたものです。私は特に完熟前の、青みが残りつつ赤くなり始めた実を好んで選びました。この時期のスモモには独特の酸味があり、暑さを和らげると同時に食欲をそそる味わいでした。今思い出しても、思わず唾が込み上げてくるほどです。

    スモモの木のそばには野菜畑があり、収穫が終わるとおばさんは飼っている鶏を放していました。鶏たちは畑に残った野菜の葉や落ちたスモモをついばんでいました。我が家の子犬のアッカンは、そんな鶏たちを見ると追いかけ回したがるもので、よく鶏を慌てさせていました。あまりに激しく追い立てると、おばさんが「アッカン、そんなに追い回したら鶏が卵を産まなくなるよ」と注意するのですが、アッカンにはそんなことが理解できるはずもありません。結局、私がアッカンを捕まえて家に連れ帰るのが常で、抱きかかえられながらも名残惜しそうにクンクン鳴く姿が今でも目に浮かびます。

    振り返れば、なんと素晴らしい時代だったのでしょう。あの田舎のスモモの木は、私にとってかけがえのない思い出の象徴なのです。